見渡す限りの草原。歩ける道の脇には俺よりも背の高い草が生茂っている。
吹く風はまだ冷たいが、陽射しは春のそれに近づいている。
「風が気持ちいいですね。」
 キカが言う。コイツにはこの冷たい風が心地よいらしい。
「まだ寒いわ。」
 ポケットに手を入れ風が吹く度に体を強張らせる俺。
「でも陽射しは暖かいですね。」
 レオンが手を翳し太陽を見上げる。
イルナツエイブから遠く離れた草原で三人肩を並べながら歩いている。
 世界を回っているレオンを旅に誘って一週間。
見た目は俺達と同じだが、その能力は俺達を超えている。
「で、この先が目的ですか?」
「<国を回って来る>ってのが目的だからな。不必要な揉め事が起こらない限りは立ち寄るつもりだ。」
「不必要なって?」
「下らない権力争い。」
 不思議そうに見るレオン。だが、何か思い当たったようで、
「どこも大変ですねぇ。」
 少しおどけた感じで呟く。
「まぁな。」
「でもユイン君が王になれば問題解決じゃないですか?」
「おい、軽々しく言うな。」
 レオンの頭を軽く叩く。
一緒に旅をする以上レオンには俺の素性を話してある。
後、俺の事をユイン君と呼ぶようになった。
「兄貴が二人いるからな、それに俺には玉座は似合わん。」
「似合う似合わないの問題じゃ無いと思いますけどね。」
 隣でキカがうんうんと頷いている。
「あーこの話は終わり。しかし寒いな。」
「暖かいですよ。ほら鳥も気持ち良さそうに飛んでるじゃないですか。」
「ヤツラは羽毛があるから寒くないんだろ。」
「あ〜なるほど。」
 ぽん、と手を叩く二人。
「……お、街までもうすぐだな。」
 看板には、この先<ヨセナシュウ>
「早く行こうぜ。」

 草原にあるこの街は草原の中央に位置している。
街の北には渓谷がありその先は深い森。なんだかデジャブを感じるが気にしないでおこう。
その更に北は未開のジャングル。地元の者も近づかない程に深いらしい。
かつては狩猟で獲た上質な毛皮等を売り生業としていた猟師で賑わった街。
時は流れても猟師が獲物を獲りそれらを加工を生業とする街。
「なんだぁ?」
「何事でしょうか?」
 武装した物騒な連中があちこちにいる。
それに警官もうろうろしている。
「あ、すいません、許可証を見せてもらって良いですか?」
 俺達を見かけた警官が近寄ってくる。それに反応して周りの強面共が俺達を見る。
「なんかあったのか?」
 許可証を見せる、そしていつも通り騒ぐなと言おうとしたら、
「ユインロット王子!」
 周りの強面共が声を上げて俺達を取り囲んだ。
「な。なに?」
 許可証を持った警官は、
「責任者を呼んできますので、少々お待ちをっ!」
 強面の壁を掻き分け走り去るし、強面共が囲んでいるから俺達は移動できなかった。
「ユイン様どうします?」
「どうするも何も……無理だろ?」
「私もここでは何も出来ないので……。」
 レオンの力なら何とかなりそうだが、そうすると後々面倒になりそうだし。
それにカケラに関わらない以上力を使いたくはないだろうしな。
人垣の奥から、通してください、道を開けてください! と大声が聞こえる。
人垣を掻き分けてきたのは強面より頭一つでた大男だった。
「ユインロット王子、武名は聞いております。どうかその力を貸していただけませんか?」
「……事情がさっぱりわからんのだが。」
「こちらで説明を……ささ、どうぞこちらへ。」
 とりあえず拒める空気でも無いのでついて行く。
そしてレオン後に続く行列を見てぼそっと、
「お忍びの旅じゃなくなりましたね。」

「この時期に来て頂けたのはイコ様のお導きかもしれません。」
 イコの像に祈りを捧げるその大男は<ガーク=エイジャー>と名乗った。
「イコ様は困難に立ち向かう勇気ある者に祝福と英知を授けて下さいます。」
 その隣で祈るレオン。それを後から見ている俺とキカ。
「その祝福が王子達、と言う事ですな。」
 頷くレオン。なんだか知らない間にとんでもないモノを背負わされた様な気がする。
「で、ガーク卿。この騒ぎは?」
 卿は立ち上がり、事の次第を説明してくれた。
 この街の奥にある森は深く地元の猟師しか近づかない猟場だった。
で、近頃その猟場に向かう途中にある渓谷に盗賊が住み着いたらしい。
その盗賊は狩りに向かう猟師を襲ったりこの街まで来たりと何かと事を起こしていた。
卿達も猟師達と何度か盗賊を追い払ったんだがしばらくするとまた戻ってきて同じ事を繰り返す。
最近また盗賊の動きが活発になってきたので追い払おうと人集めをしてたら俺が来た……。
「王子に参加して頂ければ盗賊共など一掃できましょうが、それには及びません。出陣の前に何か一言彼等に言葉をお掛け下されば勇気を奮うというものです。」
「……。」
「……ユイン様っ。」
 キカで肘で俺をつつく。俺の心中が顔に出ていたのだろう。
「ユイン君、これもイコ様のお導き。」
 俺に祈るポーズをするレオン。その顔は、やれ、と言っている。
「やれやれ……。」

 昼の陽射しが降り注ぐ広場中央に設置された演説台の上で、俺は視線を集めながら人生初の事を行った。
「えー諸君。諸君達の活躍にこの街の未来が懸かっている。皆の武運を祈る。」
 俺の言葉に皆がそれぞれが武器を掲げ雄叫びを上げる。
 台を降り、ガーク卿が代わりに上る。
「では、出陣!」
 ガーク卿の大声に、おー! と雄叫びが上がり広場に戦気が満ちる。
「この空気は嫌いではないんだがな。」
「いい演説でしたよ。」
 レオンは笑顔で俺を向かえ、
「姉達にも見せたかった。」
 キカは目頭を押さえている。
「見られてたまるか。こんな事は俺のやる事じゃないよ。」
「王子なのに?」
「兄が二人居るからな、そっちの役目だ。」
 レオンはじっと俺を見ている。
「兄上の事は存じませんが、ユイン君も結構似合うと思いますけど?」
「ですよねっ!」
 キカが大声を出す。
「ガーク卿、俺達は行かなくてもいいのか?」
 話の矛先を二人からガークに変える。
「ええ、王子達の手を煩わすほどの相手では無いので、王子達は戻ってきた者達を労って頂ければ。」
 では、とガーク卿は大きな戦斧を担いで行った。

 渓谷から森まではそんなにかからないと聞いたが、
「……遅いな。」
 もう宵の口だ。街の渓谷側で帰りを待つがまだ誰も帰ってこない。
俺達と同じ様に帰りを待つ人達が集まっているが皆心配そうな表情をしている。
残った者の内何人かが少し先まで見に行ったが、人影は無かったらしい。
「あ! あれ!」
 指差した方を見れば人影が見えた。
ついさっき確認に行った者だった。報告は先ほどと同じで姿が見えないとの事。
それを聞き市民の落胆と心配が重くなってくる。
俺も焦れてきて剣を取る。同じ様にキカとレオンも立ち上がる。
「皆は戻ってくれ。俺が迎えに行ってくる。」
 皆が振り返りながらも戻っていく。
「門を閉じておけよ。」
「え、でも……。」
「帰ってきたらガーク卿の大声が響くからその時開けてくれればいい。」
 警官達に街の警備を任せて、俺達は渓谷へと向かった。

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